前略 先日大阪市内のN病院で角膜移植をして頂きました。 生後間もなく目を悪くして視力もさることながら黒目が白濁していたのでとても恥ずかしい67年でした。 結果は視神経が未発達だった為に視力はあまり出ませんでしたが、目がきれいになりとても嬉しいです。 鏡の中の自分の瞳を見つめとても晴れやかな毎日を過ごしています。 角膜を下さった方、お世話のして下さった方々にお礼を云いたくて筆を取りました。 本当にありがとうございました。 (平成19年4月 お寄せ頂いたお手紙から掲載いたしました)
はじめに、角膜をご提供くださいました皆様に感謝の気持ちと、ご冥福を心より申し上げます。 私は33歳会社員です。私は小学校1年生の時、鉛筆の先端で右目を突いてしまい、それ以来視力が非常に弱くほとんど左目だけでものを見るという状態でした。ただ、視界はあり右目の視力も弱いなりにもいくらかはあったため、当時は様子をみましょうということで不便を感じながらも、そのまま過ごしておりました。そうしているうちに徐々にその生活にも慣れてきて、その状況が当たり前と感じるようになっていました。 そういう状態のまま気がつけば20年近く過ぎていました。しかし、あるとき自分の写真をみていると、怪我をしている右目の向きが、左目がみている方向と少しずれていることに気がつきました。斜視という言葉もその位の時期に初めて知りました。年々右目が外を向き始め、考え事などしている時は無意識に右目の向きが外れるようになってきました。眼科にも中学生くらいまではたまに通っておりましたが、見え方が変わるわけでもなく、特に通院する必要性も感じなくなり、いつから行かなくなっておりました。しかし、当時斜視の症状がどんどん酷くなってきていることから、一度眼科に行ってみようという気持ちになりました。すると、右目の視力があまりないことが斜視を進行させているということで、右目の視力を回復させることが必要であるという診断でした。そこで、初めて角膜移植のことを詳しく知りました。 自分の右目の視力は一生戻ることはないと思い込んでいた自分にとっては、角膜移植によって視力が回復する可能性を知らされた時は大変期待に気持ちを膨らませ、嬉しい気持ちになったことをよく覚えています。その後H病院を紹介していただきました。手術を受けるまでの間は、正直複雑な気持ちでした。お亡くなりなられる方がいて初めて手術が受けられるということ、それに対しては大変申し訳ない気持ちになる一方、25年間失われていた視力が回復するかもしれないという期待感、なんとも言えない時期でした。年末が近くなってきた頃、H病院から連絡があり、ドナーの方が現れたことを知らされ、その翌日には入院し手術をしていただきました。私の場合、怪我をしたのが幼少期であったため、もしかたら術後もあまり変化がないかもしれないということは先生に言われていました。術後半年が経過してもなかなか視力がでなかったため、私は回復しないものと半ばあきらめておりました。 しかし、乱視が非常に強くでているということで、ハードコンタクトレンズで矯正を試みたところ、なんと、1.0まで見えるようになっていました。小学校1年生の時から非常に視力が弱く、右目で何かを見るということがほとんど出来なかったのに、いきなりあの小さな「C」がしっかり見えていることにものすごく感動いたしました。普段、ほぼ左目に頼ってみていた全てのものが、両眼でみることによって頭の中までスッキリするくらい見えるようになりました。やはり左目に負荷をかけ過ぎていたのだろう思います。 ドナーの方から頂いた角膜は、私のこれからの人生にお付き合いしていただき、今まで見てきたものや、まだ見たことがないもの等、いろんなものを見せていただきたいと思います。 本当にありがとうございました。
(平成19年10月 お寄せ頂いたお手紙から掲載いたしました)